備える事と「やっていく」こと

「やっていく」
「やっていきましょう」
えらいてんちょうさんやしょぼい喫茶店の店長を含めその周りにいる人々の中で良く聞かれる言葉です。

私はこの言葉とそれにより巻き起こされていく多くの出来事を目の当たりにして、物凄くワクワクしたのと同時にまだ私もワクワク出来たんだな…と大変驚かされました。
もう死ぬしかないと思っていたのに、もうこの人生はダメだったと見切りをつけて絶望していたのに。

定年まで正社員で企業に勤めて働く事が暮らしを支え、日々を豊かにし安心して老後を迎えられる。
ほんの何十年か前まではそうだったかもしれません。
だけど私達が生きている今の時代は、そのオーソドックスなモデルが揺らいできていると感じている方も多いのではないでしょうか?

今も昔も変わらずにモデルロードを歩いている人たちはいっぱいいます。
そう簡単に数十年続いてきたモデルは消えないし変わりません。
その中でゆらゆら揺らぎ、オーソドックスな生き方が合わない人達の数はどんどん増えてきていると私は感じています。そして私もその一人です。

今まではそのコースから外れ、尚且つ大した才能もない自分は生きている価値がない。生きづらい、苦しい。だからもう死にたいという思考回路だった訳です。

それが最初に述べた「やっていく」人達を見ていて良い意味で覆されました。
まだ生きる方法はあるんだ!出来る事からでも止まらずにやっていけばいいと思えたんです。

もう死のうもう死のうと毎日思いながら、結局死ねない事が分かっていたから働いている頃から備える事ばかりしていました。
私は一刻も早く終わらせたいにも関わらず、この先も続くであろう苦痛な日々を過ごすためにずっと備えていたんです。
食う寝るには困りたくないという人間の生存本能でしょうか?

苦痛な日々を絶望しながら過ごし、その生活を維持し続けたところで何の意味もない事にやっと気付きました。

生きてるってちょっと楽しいなって、今度の●●楽しみだなって思える毎日の方がずっとずっと価値があります。
「やっていく」という事はそういう毎日にきっと繋がる。
「やっていきましょう」と声を掛けてくれる人がいると日々に色合いが出てくる。
真っ黒で塗り潰されて何も見えない所から少しずつ浮き上がっていける気がしています。

改めて本当に凄い言葉だ…
実際にやっていくと言ってやっている人達がいるから説得力がありますね

まだまだ何がどうなるかなんて全く分からないですが私もやっていきます。
皆さんやっていきましょう。